私は熾人(おきびと)になる!「熾人プロジェクト」の考案。(※随時更新)

 

こんにちは!さーちゃんです!

 

今日でブログリハビリ週間4日目ですが、書けば書くほど、

さーちゃん
自分書きたいこといっぱいあるや~ん!!

今は、とにかく「自分の中を出す」ことに集中しよう。

 

ってなってます。

 

んで、この記事は、私がこれからやりたい「熾人(おきびと)プロジェクト」の話を書いていこうと思います!

 

 

ただ、この記事熱量がめっちゃこもると思うので、1日で仕上げることは不可能!

随時更新」という形でシェアしていこうと思います。(7月中には完成)

 

 

まだできてない段階から、記事を公開して、徐々に記事が形になっていくスタイルで書きます。

 

さーちゃん
こんな記事の更新の仕方やったことな~い!!

でもやってみたいから、やってみる!!!

 

記事として仕上がってないものを、世に出すって出すってめっちゃ怖いんですが、出来上がる過程も読んで下さってる皆さんに楽しんでいただきたいので、やってみます!!

 

↓この目次も随時変更予定です。

 

 

あなたには「心の熾火(おきび)」ありますか?

 

熾人(おきびと)について語るには、まず大前提として「心の熾火(おきび)」というものを知ってもらわないといけません。

 

「心の熾火(おきび)」について語りたい。

2018.07.20

↑この記事に「心の熾火」について書いて書いたのですが、おさらい&さらに掘り下げて説明します。

 

 

そもそも熾火(おきび)とは

辞書で調べると、こう。

おきび【熾火・燠火】

① 火勢が盛んで赤く熱した炭火。おこし火。おき。
② 薪が燃えたあとの赤くなったもの。おき。

 

熾火は、ごうごう炎を上げて燃え上がっているわけでないのですが、熱をたくさんもっています。

まだ火のついていない炭や薪に火をうつしたり、風が吹けばすぐ燃え上がったりすることができるパワフルな火です。

熾火さえあれば、BBQも焚き火もいつまでも火を絶やすことなく、楽しむことができます。

 

ようは火を燃え上がらせるための「種火」・「もと火」だと思ってもらえたらOKです。

ただ、私は「種火」でもなく「もと火」でもなく、「熾火(おきび)」という言葉にこだわってます。

 

理由は、教員時代に聞いた「子どもの進路選択・キャリア形成」と「心の熾火」の話が頭から離れなくなっちゃったから。

 

その話がこれ。

 

人が人生の岐路に立った時、何を基準に進路を選ぶかというと、「心の熾火」なんだ。

 

「心の熾火」というのは、過去に経験した心地よい記憶、達成感や仲間と繋がれた喜びなど、その人がその人らしくあるために大事な原体験・思いの塊さ。

 

そして、心の熾火は、誰かとの出会いや何かをきっかけに燃え上がる。

 

心に自分を支える熾火が多い子ほど、自分のキャリアを考えやすくなるし、自分の心の炎を使っていきいきと自分の人生が歩むことができる。

 

それに、もし炎が消えかかっても熾火があれば、また炎は燃え上がることができる。

 

でも、心に熾火がない子は、自分の心のよりどころがなく、火をつけることができない。

 

燃え上がれず、自分のキャリアを、自分の人生を、思う存分生きられない。

 

だから、教育の役割は、子どもの心にたくさんの熾火を作ることなんだよ。

 

 

さーちゃん
何回思い出しても、素敵…。

自分も「心の熾火」作りたい!

「心の熾火」を極めたい!!

 

 

さーちゃんの考えた「心の熾火」とは

心の熾火(おきび)の図

 

この記事を書き始めて、1番悩んだのが「心の熾火って結局なんなの??」ってこと。

 

考えて、考えて、考えて、いきついた答えは、ずばり「自分の人生の原動力」になるものが「心の熾火」です。

 

今までの自分の体験の積み重ねにより、

  • 自分の心の中にある原体験
  • 大切にしたい価値観
  • 自分らしさ・自分らしい部分
  • モットー・座右の銘

など、自分の人生の中で重要な考え方人生の方向性がだんだんと出来上がってきます。

 

これらを軸にして、つまり「心の熾火」に従って、自分の人生を歩んでいくと、

 

  • 自分はこれがしたい!
  • 自分の人生はこういう人生にしたい!

 

という思いがあふれて、行動したくてしたくてたまらなくなってきます。

 

人の体を車のようにパーツわけしたならば、「心の熾火」はまさに、原動力」=「エンジンの役割ってことです。

 

しかも、車のエンジンと違って、「心の熾火」は1度ついてしまえば、ずっと心の中をあたため続けてくれます。

 

もしすぐ冷めちゃうんなら、それは「心の熾火」そのものではなく、ぽっと出のやる気の炎と混乱しているかもしれません。(やる気ほどすぐ変わるものはないので(笑))

 

「心の熾火」は、やる気やモチベーションを生み出す装置そのもので、じんわり・でもずっとあったかい持続的なパワーをもっているのが特徴だと言えます。

 

そして、「心の熾火」のパワーを使って行動しているうちに、

  • 自分の人生でやりたいこと
  • 情熱をそそぎたい対象
  • 自分の人生の目的

 

まで見えてくるようになって、さらなる「原動力」をゲットすることができます。

 

この「心の熾火」=「人生の原動力」はいったいどこへ向かって動いているかと言ったら、「自分らしく・熱く・楽しく生きていく」という方向へ向いています。

 

だって、自分の心の中にある大切な想いに従って生きていくんだから、自分だけの道を選ぶことになりますよね。

自分の心の中にある大切な想いに従って生きていくんだから、嫌でも一生懸命、熱くなりますよね。

自分の心の中にある大切な想いに従って生きていくんだから、楽しくないわけないですよね!!!!

 

さーちゃん
「心の熾火」をひとまとめに称することが超難しかったけど、「自分の人生の原動力」っていうのが1番しっくりくる。

ずっと心の中にある自分を動かすモーターみたいなイメージだなあ。

 

熾人ポイント

「心の熾火」は自分の人生の原動力。

「心の熾火」を使って生きていけば、「自分らしく・熱く・楽しい」人生が歩める。

 

 

 

心の熾火の作り方

 

じゃあ、「心の熾火」ってどうやって作られていくかといえば、

 

「心に残る体験」の 【量×質】 の積み重ね

 

これで「心の熾火」ができあがっていくと思ってます。

 

ここでいう「心に残る体験」とは、自分にとって心に残ればなんでもOKです。

 

例えば、子どもの頃の記憶で、

  • かけっこで1番になれてうれしかった。
  • 友達に「絵がうまいね」って言われてうれしかった。
  • モノマネがみんなにウケてうれしかった。

こんなささいなことでも「心に残っている」のであれば、それはあなたを支える大事な心の熾火の1部になります。

 

また、一見マイナスに思われる出来事でも、その人にとって深い学び意味を見いだせた体験ならば、それはきっと「心に残る体験」になります。

 

私の場合で説明するなら、「うつで休職した経験」って一見マイナスで、嫌な出来事って思いませんか?

 

ただ、私はうつで休職した結果、自分の本当に大事にしたいことに向き合って、やりたいことに全力で行動できる自分になる経験を積むことができました。

 

また、家族や応援してくれる人への感謝の気持ちもめちゃくちゃ感じられました。

 

こんな風に、一見マイナスに見える出来事でも、私にとっては深い学びの時間でしたし、自分の人生の方向性を決める重要な経験でした。

 

他人から見てどうとか、自慢できる経験かどうかとか、そんなことはどうでもよくて、「心に残る体験」かどうかは「自分がどう感じたか・どんな学びがあったか」でしか判断できません。

 

そして、出会いや初体験の数が多ければ多いほど、自分の視野は広がりますし、質の高い・心に強く残る出会いや経験にも出会いやすくなります。

 

【質×量】ではなくて、【量×質】にしてるのは、量が先!いっぱい経験すれば質も上がっていく!っていう想いを込めてます。

 

そんな風に【量×質】で「心に残る体験」を心に積み重ねていけば、「心の熾火」は出来上がっていきます。

 

熾人ポイント

「心の熾火」は「『心に残る経験』の【量×質】の積み重ね」でできあがる。

「心に残る経験」かどうかは、自分が基準。自分がどう感じたか・どんな学びがあったかでしか判断できない。

経験は【量】が先。【質】は後からついてくる。

 

 

心の熾火の燃やし方

 

 

では、「心の熾火」が心にできたらそれでいいのかというとそうでなく、せっかくなら「心の熾火」を燃やして生きていきたいじゃないですか!

 

 

「心の熾火」はあくまでも、自分の心の中にある「想い」や「価値観」のようなものです。

 

 

それらを使って、いきいきと自分らしく生きていくには、「心の熾火」を燃え上がらせる必要があります。

 

 

そのときに重要になるのが「風」と「薪(まき)」です。

 

 

実際に焚き火をする時、「風」と「薪」がないと熾火は燃え上がらならないのですが、これを「心の熾火」にも当てはめてみると、

 

「風」=「人との出会い」や「人生の出来事」→突発的な変化で流れに乗る。

「薪」=「自分のスキルアップ」や「仲間からのサポート」→計画的な学びで火を育てる。

 

こんなイメージです。

 

 

まずは「」の説明なのですが、これは人との出会いやある人生で出来事のことで、それをきっかけに自分の人生に変化が起きる時があります。

 

その突発的な変化に身を預けて、流れに乗ることで「心の熾火」が大きく燃えあがることがあります。

 

これが心に「風」が吹くイメージです。

 

私の場合、「教員を休職した」という出来事が、まさに心に「風」が吹いた出来事だと思っています。

 

「休職」をきっかけに、自分の心の中にある「熾火」はごうごう燃え上がりはじめ、私はどんどん自分のやりたいことができるようになりました。

 

「風」のいいところは、一気に熾火が燃え上がる勢いがあるところです。

また、自分の「心の熾火」に気づいていなくても、「風」をきっかけに自分の心が燃え上がることができます。

 

 

あ、自分ってこんな心の熾火があったのね」って燃え上がった後に気づくって感じです。

 

 

ただ、突発的なもの・意図してないことが「風」の重要な部分なので、自分で意識して風を吹かすというのは難しく、あくまでも「燃え上がるきっかけ」としての役割が強いです。

 

 

では、「」はどうなのかというと、「風」とは逆で「計画的に育てていく」という面が強いです。

 

 

「薪」の場合は、自分の熾火にすでに気づいていたり、周りの人が気づいてくれている場合に、その熾火を育てていくって感覚です。

 

例えば、「人を笑顔にしたい!笑顔の人を増やしたい!」という心の熾火がある人がいたとします。

 

その人は子どもの頃から、オリジナルのギャグを考えてみたり、お笑い芸人さんのネタを研究したりして、「人を笑わせる」ことを一生懸命勉強していました。

 

ですが、それだけでは物足りず、「芸人養成所」にも通いだし「人を笑わせる」スキルをどんどん磨いていきます。

 

先輩のお笑い芸人にもたくさん指導してもらって、「人を笑わせる」スキルと一緒に「人を笑顔にすること」に対する想いも育てていきます。

 

こうやって、この人は自分の心の熾火に「薪」をたくさんくべて、火を大きくしているのが分かりますか?

 

ただ、この人が「お笑い芸人」として成功するかどうかはまた別問題で、大事なのは「人を笑顔にしたい!笑顔の人を増やしたい!」という自分の「心の熾火」を大切して、そのための行動をとるってことです。

 

もしかしたら、この人は「お笑い芸人」としては、売れないかもしれません。

 

でも、「人を笑顔にしたい!笑顔の人を増やしたい」という「心の熾火」を使って、スーパーの店員さんになるかもしれませんし、小学校の先生になるかもしれませんし、もしかしたら社長さんになるかもしれません。

 

「心の熾火」に薪をくべることで、自分が将来どんな職業についたとしても、ブレない自分の軸ができあがります。

 

ただ、「薪」は「風」と違って、自分の心にはどんな熾火があるのか気づかないと、大切にもできないし、行動にもつながらないのか欠点です。

 

例にだした人のように、最初から「人を笑顔にしたい!笑顔の人を増やしたい!」って明確に自分の熾火を分かっている人はあまり多くないと思います。

 

だからこそ、「風」と「薪」の両方を使って、自分の心の熾火に気づいて、それを大切にしていく行動をとっていくことが、「心の熾火」を燃え上がらせるときに重要になっていきます。

 

 

熾人ポイント

「心の熾火」は「風」と「薪」で燃え上がっていく。

「風」は人生の流れに乗って、「心の熾火」を燃え上がらせこと。【きっかけと気づき】

「薪」はすでに気がついている「心の熾火」を大切にして、育てること。【行動】

「風」と「薪」の両方があって、「心の熾火」は燃え上がる。

 

 

 

 

今、日本人の「心の熾火」が危ない!

 

こんだけ「心の熾火」のことを語ってきた私が、今めちゃくちゃ危機感を感じているのが「日本の教育のあり方」です。

 

 

本来「心の熾火」というのは、子どものころからの経験の積み重ねで出来上がっていくもので、いきなり「こんな人になりたい!」「こんな生き方がしたい!」なんて語りだせる人はいません。

 

 

でも、今の日本で行われている教育の多くが「心の熾火」を作るような教育じゃないんです。

 

 

むしろ「心の熾火」を消すような、「心の熾火」を大切にしない教育がなされている気がしてなりません

 

 

これは子どもだけの問題ではなく、子どもを教える側の先生たちの「心の熾火」も、子どもを育てるお父さん・お母さんの「心の熾火」も大切にされていないからこそ、やばい問題なんです。

 

  • 夢?そんなのずっと昔に忘れたよ。
  • とにかく目の前のことで手いっぱい。
  • 「やりたいことを仕事に」なんて、世の中そんなに甘くない。
  • …でも、なんだか物足りない。

 

 

そう、今の日本って「心の熾火」をしっかり燃やしていきいき生きている大人が少ないんです!!!

 

 

子どもたちは何から人生を学ぶかというと、学校の勉強ではなく、「周囲の大人たちの生きる姿勢」から学びます。

 

 

いわゆる「背中を見て学ぶ」というものなのですが、「楽しそうに生きている大人」「やりたいことをいきいきしながらやっている大人」が自分の近くにいたら、子どもは勝手にその「わくわく感」に感染して、学び始めます。

 

 

ですが、この国にはそんなパワーをもった大人たちが子どもたちの身近にあまりも少ない。

 

 

子どもたちのすぐそばにいる親や教師には「自分の夢や希望を考えるひまもなく、日々をこなすように生きている」、そんな状態の人がとても多い気がします。

 

 

その姿勢はそのまま子どもたちに伝わり、いつしか子どもたちも自分の「心の熾火」を大事にできない大人に育ってしまう連鎖ができています。

 

 

なぜそんなことになっているのかというと、

 

  1. 自分の「心の熾火」を使えてない。
  2. 自分の「心の熾火」に気づいていない。
  3. そもそも「心の熾火」がない。

 

この3つの「ない」の状態のどれかにはまっている人が多いから。

 

 

1つ目の「心の熾火」を使えてない人は、「もやもやしてる人」です。

 

特徴としては、

  • なんとなく自分のやりたいことや進みたい方向は見えている。
  • このままじゃまずい危機感も感じている。
  • でも、何をしていいか分からず、行動につながっていない。

 

このタイプの人は、自分の「心の熾火」の存在に薄々気づいていますし、今の自分が「心の熾火」ではない違うパワーで生きている違和感もキャッチしています。

 

ただ、どう行動していいのか分からないというジレンマで、もやもやを感じて不完全燃焼ゾーンに入ってます。

 

 

このタイプの人は1番「心の熾火」を燃やしやすいタイプで、自分の「心の熾火」の使い方・行動の仕方さえ分かって動いていけば、あとは勝手に火が燃え上がっていきます。

 

 

2つ目の「心の熾火」に気づいてない人は、使い方が分からない人の1つ前の段階の人で「流されている人」です。

 

特徴としては、

  • 今の生活に満足してるわけじゃないけど、大きな不満があるわけでもない。
  • 楽しそうに生きている人を見ると「自分とは別次元の人だな~」と感じる。
  • でも、本当は「自分もそんな風になってみたい」と思うことも多々ある。

 

このタイプの人は、自分の心の中にある「やりたいこと」や「本当の望み」に目を向ける習慣がなく、毎日をそつなく・周りから浮くことなく・なんとなく生活しようとします。

 

強いもやもや感はないですが、なんだか物足りないな~という気持ちが常にある感じです。

 

自分もやりたいことやってみたいけど、そもそも何がしたいのかもよく分からない。

 

だから、今のまんまでいいやって開き直ってみたり、でもなあ~って悩んでみたりするけど、結局なんにも変わらず流されながら生きていきます。

 

 

このタイプの人は、まず自分としっかり向き合って「心の熾火」に気づいていく必要があります。

 

 

私は「熾人(おきびと)」という生き方を選ぶ。

 

 

熾人さーちゃんの「心の熾火」

熾人さーちゃんがやりたい「熾人プロジェクト」

 

 

まとめ

 

 


広島初!セクシュアルマイノリティ」に関する悩みを抱えている子どもたちのためのサポートスペース誕生!

ここいろhiroshima」は、「こころとからだもいろいろ。彩り豊かでええじゃん!」をモットーに、セクシュアルマイノリティ特有の「心と体」・「自分の性」について「生きづらさ」を感じている子どもたちとその保護者のためのサポート・コミュニティスペースを提供します。


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